東京地方裁判所 昭和44年(ワ)4439号 判決 1971年10月28日
原告
高木恒之助
代理人
柏倉秀夫
被告
株式会社レストラン西武
(旧商号西武食堂株式会社)
代理人
辻本年男
主文
一、被告は原告に対し金八五五万二三〇五円およびうち金七九三万二三〇五円に対する昭和四四年五月一七日以降、うち金六二万円に対する昭和四六年一〇月二九日以降各支払い済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。
二、原告のその余の請求を棄却する。
三、訴訟費用はこれを五分し、その二を原告の、その余を被告の、各負担とする。
四、この判決は、原告勝訴の部分に限り、かりに執行することができる。
事実
第一 請求の趣旨
一、被告は原告に対し金一四〇九万三九一五円およびうち金一三〇九万三九一五円に対する昭和四四年五月一七日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。
二、訴訟費用は被告の負担とする。
との判決および仮執行の宣言を求める。
第二 請求の趣旨に対する答弁
一、原告の請求を棄却する。
二、訴訟費用は原告の負担とする。
との判決を求める。
第三 請求の原因
一、(事故の発生)
原告は、次の交通事故(以下「本件事故」という。)によつて傷害を受けた。
(一) 発生時 昭和四〇年一一月三日午前九時頃
(二) 発生地 神奈川県川崎市生田四五八一番地
(三) 加害車 営業用貨物自動車(以下「加害車」という。)
運転者 伊藤友義
(四) 被害車 自家用乗用自動車(以下「被害車」という。)
運転者 原告
被害車 原告
(五) 態様 原告は被害車を運転して進行中、先行車三台が順次停車したので、一時停止したところ、伊藤運転の加害車が、被害車の後方からきて、これに追突した。
(六) 被害者たる原告の傷害の部位程度
(1) 病名むち打ち症
(2) 傷害の程度(入通院の状況)
(ア) 本田病院に本件事故当日の昭和四〇年一一月三日から昭和四一年五月一七日まで通院(診療実日数八九日)した。
(イ) 東京女子医科大学病院に昭和四一年七月五日日から昭和四二年三月三一日まで入院又は通院(診療実日数二六日)し、その間昭和四一年七月一二日から同月二二日まで入院(一一日間)して交感神経切除の手術を受けた。
(ウ) 秦病院に昭和四一年七月二三日に通院した。
(エ) 赤坂眼科医院に昭和四一年八月一五日から通院(昭和四四年四月一九日までの診療実日数六四一日)し、現在なお毎日通院中である。
(オ) 関根耳鼻咽喉科に昭和四一年一〇月六日から通院(昭和四四年四月一九日までの診療実日数六二三日)し、現在なお毎日通院中である。
(カ) 松原整体指圧に昭和四一年七月八日から昭和四二年三月二四日まで通院(診療実日数四〇日)した。
(キ) 杏林堂に昭和四二年二月六日から同年八月一日まで鍼療法のため通院(診療実日数三三日)した。
(ク) 東京労災病院に昭和四二年四月五日から通院(昭和四四年四月七日までの診療実日数一〇八日)し、昭和四三年一一月七日から同年一二月一九日まで入院(四三日間)して、ガイセン・ドルファーの手術を受け、現在なお一、二週間に一回の割合で通院中である。
(ケ) 仁明堂(太田勝美)に昭和四二年七月二三日からカイロプラクチック(脊髄匡正)療法のため通院(昭和四三年七月一六日までの診療実日数六七日、昭和四四年五月五日より昭和四六年六月二日までの診療実日数九四日)し、現在なお通院中である。
(コ) 阿保診療所に昭和四三年六月二六日から昭和四六年一月二〇日頃まで衝撃性超短波照射療法のため通院(昭和四四年四月一九日までの診療実日数七三日)した。
(サ) 佐々部医院に昭和四五年二月二五日に通院した。
(シ) 甲州中央温泉病院に昭和四五年四月七日に通院し同月二二日から同年七月一五日まで入院し(八五日間)て温泉療法を受けた。
(七) 原告の後遺症は次のとおりであつて、これは、自賠法施行令別表等級の七級四号に相当する。
眼精疲労、慢性副鼻腔炎、咽頭炎、両外傷性内耳性難聴失禁、陰萎、頸部運動痛、その他外傷性頸性頭痛症候群
二、(責任原因)
被告は、加害車を所有し自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条に基づき本件事故により生じた原告の損害を賠償する責任ががある。
三、(損害)
(一) 治療費等
(1) 治療費 四五万三六五〇円
(2) 入院雑費(東京女子医大病院入院中の分)六〇〇〇円
(3) 温泉療養費(交通費一八〇〇円を含む。)八九二〇円
(4) 医療器具代(赤外線ランプ、牽引機、温湿布器、マッサージ器、眼鏡)
八万九八九〇円
(5) 医師、看護婦への謝礼 四万八二〇〇円
(6) 文書料(診断書等) 四七〇〇円
(7) 交通費残金 八万六四二〇円
(8) 薬品代金 二一万六五六〇円
原告は前記後遺症が著しいため、やむなくプロビナ、アトラキシン、マムシカプセル等の医薬品を購入して使用した。
(9) ルームクーラー代金 八万円
原告の前記病状は夏期にとくに著しいため、ルームクーラーを購入、使用した。
(二) 逸失利益
(1) 原告は、前記後遺症により、次のとおり、将来得べかりし利益を喪失した。その額は九五五万一九〇〇円と算定される。
(症状固定時) 四八歳(昭和四四年四月七日病状固定)
(稼働可能年数) 一二年
(労働能力低下の存すべき期間)
同右
(収益) 年収一八五万一〇〇〇円
(労働能力喪失率)五六パーセント
(右喪失率による毎年の損失額)
一〇三万六五六〇円
(年五分の中間利息控除)
ホフマン複式(年別)計算による。
(職業) 東邦モーターズ株式会社(以下「訴外会社」といむ。)
サービス部次長
(2) 仮に右主張が容れられないとしても、原告の同僚たる曲谷勝二、杉山幸夫、五木健、松原徳幸、市川博保の五名の平均昇給率は昭和四一年度7.04%、同四二年度10.46%、同四三年度10.31%、同四四年度10.01%、同四五年度15.76%であるから、原告の昭和四〇年度の年収一五三万円を基礎にして右昇給率により各年度の年収を推計し、右と原告の実際の年収とを比較すると、原告は右推計による収入より昭和四一年から同四五年までの間に九六万八七九〇円少い収入を得るにとどまつたものである。さらに昭和四五年の年収差額は少くとも今後一〇年間継続するので、右期間中の逸失利益を一時に支払をうけるものとして、ホフマン複式(年別)計算法により年五分の割合による中間利息を控除すると、三六一万六九五五円となる。したがつて、原告の逸失利益の合計は少くとも四五八万五七四五円となる。なお、原告に最も近似する同僚曲谷勝二の年収との差額を右と同様の方法により算出すると、二一五万一六五七円となるから、原告の逸失利益は、少くとも右金額を下らないものというべきである。)
(3) 仮に原告の(1)、(2)の主張がいずれも容れられないとしても、右に述べた事情は原告の慰謝料の算定にあたり十分斟酌されるべきものである。
(三) 慰謝料
原告の本件傷害による精神的損害を慰謝すべき額は、前記の諸事情および次のような諸事情に鑑み、三〇〇万円が相当である。
原告は本件事故による受傷のため、二度も手術のため入院治療をうけ、かつ長期間にわたつて各種専門医への通院治療をうけたが完治せず、前記後遺症により今後とも通常人と同様の仕事に従事することができなくなつた。したがつて、原告の精神的苦痛は甚大であるうえ、将来にわたつて永続するものである。
(四) 損害の填補
原告は既に自賠責保険金五三万円の支払いを受けたので、これを前記損害額から控除する。
(五) 弁護士費用
以上により、原告は一三〇一万六二四〇円を被告に対し請求しうるものであるところ、被告はその任意の弁済に応じないので、原告は弁護士たる本件原告訴訟代理人にその取立てを委任し、原告は昭和四三年一〇月二三日同弁護士に手数料として八万円を支払つたほか、成功報酬として一〇〇万円を委任の目的を達したときに支払うことを約した。
四、(結論)
よつて、原告は被告に対し、本件事故による損害賠償内金として金一四〇九万三九一五円およびうち右成功報酬を除いた一三〇九万三九一五円に対する訴状送達の日の翌日である昭和四四年五月一七日以後支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
第四 被告の事実主張
一、(請求原因に対する認否)
(一) 第一項の事実中(六)の(2)は争うが、その余はすべて認める。
(二) 第二項の事実は認める。
(三) 第三項の(一)の各費用等の支出があつたことは認めるが後記のとおりその相当因果関係の存することは否認する。同(二)の事実のうち原告の職業、当時の年収額は認めるがその余の事実は争う。同(三)の事実のうち、後遺症の点は認めるが、その余の事実は争う。同(四)の事実は認める。同(五)の事実は争う。
二、(原告の損害に関する主張)
(一) 原告はすべてに昭和四一年五月本田病院において全治の診断をうけているのであつて、その後多少の異常を感じても自然に治癒する状態にあつたところ、東京女子医大病院で交感神経切除の手術をしたため、現在のように病状が悪化したものである。したがつて、原告の右病院通院後の治療費その他の費用支出による損害は、本件事故と相当因果関係がない。
仮に右主張が容れられないとしても、原告主張の各金額は不相当であるうえ、温泉療養費、ルームクーラー代は不必要であり、薬品代も多額に過ぎるというべきである。
(二) 原告は本件事故後も縦前どおり訴外会社に勤務し、収入も減少どころか増加しているのであるから、原告には逸失利益は生じていないというべきである。
第五 証拠関係<略>
理由
一事故の発生および責任原因
(一) 本件事故の発生に関する請求原因一の事実は、傷害の程度の点を除き、当事者間に争がない。
そこで、まず、原告の傷害の程度について判断する。
請求原因一の(六)の(2)の事実については、<証拠>によると、(ア)の事実を、<証拠>によると、(イ)の事実を、<証拠>によると、(ウ)の事実を、<証拠>によると、(エ)の事実を、<証拠>によると、(オ)の事実を、<証拠>によると、(カ)の事実を、<証拠>によると、(キ)の事実を、<証拠>によると、(ク)の事実を、<証拠>によると、(コ)の事実を、<証拠>によると、(サ)の事実を、<証拠>によると、(シ)の事実を、それぞれ認めることができ、以上の認定を左右するに足りる証拠はない。しかし、請求原因一の(6)の(2)の(ケ)の事実については、<証拠>によると、原告が鞭打ち症の治療のために昭和四二年八月から同四三年七月までの期間、同四四年九月一五日から同四五月一月一九日までの期間(実治療日数一九日)、同年同月二六日から同年八月六日までの期間(実治療日数一七日)および同年八月一〇日から同四六年六月二日までの期間(実治療日数四三日)にわたつて仁明堂(太田勝美方)に通院し、現在なお通院中であることが認められるが、その余の事実は本件全証拠によつてもこれを認めることができない。
(二) 被告の運行供用者責任に関する請求原因二の事実は、当事者間に争がない。
したがつて、被告は本件事故により生じた原告の損害を賠償すべき責任がある。
二損害
そこで、以下、原告の損害について検討する。
(一) 治療関係費 五四万一五五〇円
(1) 治療費 三六万〇一五〇円
原告が本件事故後に請求原因三の(七)の(1)記載の治療費の支出したことは当事者間に争がない。ところが、被告は東京女子医大病院における手術以後の治療費は、本件事故と相当因果関係がない旨主張するので、この点について判断する。
原告が昭和四一年七月に東京女子医大病院において交感神経切除の手術をうけたことは、前記認定のとおりであるところ、<証拠>を総合すると、原告の前記後遺症状のうち、頭痛、めまいは事故後間もなく生じたが、耳鳴り、鼻づまり、眼精疲労、肛門のゆるみ等の症状は、東京女子医大病院退院後に発現したことが認められるが、<証拠>によると、原告のような頸性頭痛症候群に対しては交感神経を麻痺させることが効果があると考えられているところ東京女子医大病院の医師は、原告の症状が非常に難治性のものであつたため、原告の交感神経に麻酔剤を打つてこれを麻痺させた結果よい効果が現れたので、右神経を永久的に麻痺させるべく切除する手術を行うに至つたものと推認され、また<証拠>によると、この交感神経の麻痺とか切除術は昭和四〇年頃から相当行われるようになつたもので、現在なお右手術等によりいかなる弊害が発生するかについては医学上定見がないことおよび、原告の前記症状はいずれも鞭打ち症(外傷性頸性頭痛症候群)の後遺症として異例のものではないことが認められるから、原告の前記症状が本件事故によるものではなくて東京女子医大の病院における交感神経切除の手術によるものであると断ずることは到底できない。<証拠判断・略>。してみると、原告の前記各症状が本件事故による外傷に起因して発生したものと推認するほかない。しかし、<証拠>によると、右治療費中には温泉治療費九万三五〇〇円が含まれていることが認められるところ、右温泉治療費が原告の症状にとり必要でなかつたことは後記(3)のとおりである。
したがつて、原告の前記治療費四五万三六五〇円のうち右の温泉療養関係の治療費九万三五〇〇円を除いた三六万〇一五〇円はすべて本件事故と相当因果関係に立つ損害ということができる。
(2) 入院雑費 三三〇〇円
原告が東京女子医大病院入院中に寝具、肌着、タオル、洗面器具等を購入して六〇〇〇円を支出したことは当事者間に争がないところ、原告の入院期間が一一日間であることは前記のとおりであり、また原告のような症状の患者の入院については通常一日当り三〇〇円程度の雑費の支出を余儀なくされることは公知の事実であるから、原告の前記支出のうち三三〇〇円が本件事故と相当因果関係に立つ損害ということができる。
(3) 温泉療養費
原告が甲州温泉中央病院において温泉療養し、そのため前記治療費のほか八九二〇円の支出をしたことは、当事者間に争がないが、<証拠>によると、原告の症状は当時すでに固定していて温泉治療には顕著な効果は期待できない状況にあつたので、藤本医師は原告に対しとくにこれを勧告したわけではなく、原告の強い申出があつたので一応許可したに過ぎないことが認められる。<証拠判断・略>。とすれば、右温泉療養費は前記(1)の治療費部分を含めて原告の治療に必要な出費ということはできず、本件事故と相当因果関係に立つ損害というに由ないものである。
(4) 医療器具代 八万九八九〇円
原告が赤外線ランプ、牽引機、温泉布器、マッサージ器および眼鏡を購入して合計八万九八九〇円を支出したことは、当事者間に争がないところ、<証拠>によると、原告は、通院中の仁明堂の太田勝美の勧めに基づき、右医療器具を購入してこれを自己の症状の治療に用いたことが認められ、原告の前記認定の後遺症状、治療期間に鑑み、右医療器具使用は原告の傷害の治療にとつて相当というべく、これらを購入することもその代金、使用期間等に照らし未だ相当性の範囲を逸脱したものとはいい難いから、結局右代金は本件事故と相当因果関係に立つ損害と認めることができる。
また、<証拠>によると、原告は本件事故による受傷後調節障害による眼精疲労になつたうえ、遠視も加つたため、原告は林医師の処方に基づき眼鏡を作ることを余儀なくされ、その代金にあたる損害を蒙つたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
(5) 医師、看護婦への謝礼
一万五〇〇〇円
原告が本件事故後原告の治療にあたつた医師および看護婦に対し謝礼として四万八二〇〇円相当の物品を購入してこれらを贈つたことは、当事者間に争がないが、前記の治療の経緯に鑑み、右謝礼のうち社会的に必要かつ相当と認められるものは一万五〇〇〇円程度というべく、右の限度において本件事故と相当因果関係にある損害ということができる。
(6) 文書料 三一〇〇円
原告が本件受傷に関する診断書等の文書料として合計四七〇〇円を出捐したことは当事者間に争がないところ、<証拠>によると、右のうち一六〇〇円は甲州中央温泉病院の治療に関するものであることが認められるが右病院における治療が原告の傷害の治療のために必ずしも必要だつたといえないことは前記判示のとおりであるから、右部分は本件事故と相当因果関係があるとはいい難く、結局右文書料のうち三一〇〇円が本件事故による損害とみることができる。
(7) 交通費 七万〇一一〇円
原告が本件受傷に関する通院交通費として八万六四二〇円を支出したことは当事者間に争がない。ところが、<証拠>によると、原告は、通常仁明堂(太田方)への通院には一〇〇円を要するに過ぎないのに、昭和四五年二月一九日には三三五〇円、翌二〇日には二六六〇円、同月二三日には一三九〇円、翌二四日には一二六〇円を各支出していることが認められるから、右四日間の交通費は各一日当り一〇〇円、合計四〇〇円の限度において本件事故と相当因果関係にある損害というべきである。また<証拠>によると、原告は甲州中央温泉病院および石和マッサージ関係の交通費として八〇五〇円を支出したものと認められるところ、右病院における療養が本件事故と相当因果関係に立つものでないことは前記判示のとおりであるから、右交通費をもつて本件事故による損害ということはできない。したがつて、原告の交通費関係の損害は、右の不相当な交通費を控除した七万〇一一〇円である。
(8) 薬品代
原告プロビナ、アトラキシン、マムシカプセル等の医薬品を購入し合計二一万六五六〇円を支出したことは当事者間に争がない。しかしながら、原告が本件事故による受傷以来今日まで各種病院にかなり頻繁に通院して種々の治療を受けてきたことは前記認定のとおりであるばかりでなく、<証拠>によると、原告が使用した薬品のうちプリビナは鼻づまりに対する薬であり、ソーマニール、強力フローミンは筋肉痛に対する薬であり、ユンケル液、オーゼットはそれぞれ強精剤であるところ、原告は病院からも同様の薬の支給を受けたのに、その効果がそれ程強くないと思つて、前記のような薬を自ら別途購入して使用したこと、原告が右の薬の使用について医師に相談したところ、医師からは「対症療法ならば、仕方ないだろう」と云われたに過ぎないことが認められ、右認定に反する証拠はない。してみると、原告が購入使用した前記の薬が原告の傷害ないし後遺症治療(対症療法も含む。)に必要であつたと認めることができないから、右薬品代の支出をもつて、本件事故と相当因果関係にある損害ということはできない。
(9) ルームクーラー代金
原告が本件事故後ルームクーラーを代金八万円で購入したことは当事者間に争がない。そして<証拠>によれば、原告は湿気の多いときになると、頭痛や筋肉痛が激しくなるのでこれらを和げるためルームクーラーを購入し、使用したことが認められるが、いまだ右クーラーが原告の傷害の治療ないし症状の改善にとつて必要であるとは到底認めることができない。したがつてクーラー代金の支出をもつて本件事故と相当因果関係に立つ損害ということはできない。
(二) 逸失利益 五七四万〇七五五円
原告が本件事故による受傷のため請求原因一の(七)記載の後遺症を有することは当事者間に争がなく、<証拠>を総合すると、この他に原告の具体的な自覚症状としては、頭痛、めまい、記憶力減退、耳鳴り、左腰痛、右膝の痛み、肛門のゆるみ、鼻づまり、不眠症等があることが認められる。そして、<証拠>を総合すると、原告は東邦モータース株式会社(以下「訴外会社」という。)に永年勤務し、昭和三四年九月一五日以来サービス部次長の職にあつて、本件事故まではいわゆるデスクワークのほかに、販売先や業界との交際、官庁との接衝、地方の卸売先への出張、市場調査等の対外的な仕事にも当つてきたこと、原告は本件事故以前は殆んど無欠勤、無遅刻、無早退であつたばかりでなく、有給休暇も殆んど取つたことがなかつたこと、ところが原告は本件事故の受傷による後遺症のため対外的な仕事は一切できなくなつて仕事量も従前の半分程度に低下したばかりでなく、休暇と欠勤とを併せて昭和四一年中には二七日間、同四二年中には六日間、同四三年中には四八日間、同四四年中には二〇日間、同四五年中には七七日間会社を休んだほか、かなりの回数の遅刻、早退もあつたこと、原告は本件事故後地方の支店長への栄転の計画があり、通常支店長から本社に戻るときには部長に昇進することになつているところ、原告の病状等からしてこれも沙汰やみになり、原告は異例にも一二年間近くにわたり同じ部の次長の地位にとどまつていること、ただ原告の給与は、昭和四〇年度が一五三万円であつたものが、同四一年には一六〇万九〇〇〇円、同四二年には一七四万二〇〇〇円、同四三年には一八五万一〇〇〇円、同四四年には一九二万二〇〇〇円、同四五年は二〇八万六〇〇〇円、同四六年も八月末日までで一五五万二七五一年と漸増を続けてきたことが認められ、右認定に反する証拠はなく、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
ところで、被告は、原告には事故後何ら減収がないから逸失利益は発生していない旨主張するので、この点について判断する。交通事故の被害者が後遺症のため顕著な労働能力の低下を来たしている場合には事故の前後を通じて減収が発現していないとしても、直ちに労働能力低下に基づく財産的損害が発生しないものと断ずるのは妥当でない。思うに、被害者がそのような後遺症がなく、通常の労働能力を発揮していれば昇給その他の事情により従前以上の収入をあげることができたであろう場合もあろうし、また、被害者が事故後は自己の労働能力の低下を補うべく労働時間の延長、内職等により従前以上の努力を傾けて以前の収入を維持している場合もあろうし、さらには、雇主が恩恵とか協約とかその他の理由により労働能力の低下した従業員にも従前同様の給与を支給して事実実上従業員の損害を填補しているに過ぎない場合もあるからである。むしろ、労働能力はその行使によつて収益をあげうるものとして、それ自体財産的価値を有するものと考えるべきである。したがつて、事故の後遺症により被害者の労働能力が低下している場合には、その低下した労働能力が従事している職種に関連をもつものである限り、通常は労働能力低下による財産的損害が発生しているものというべきであり、事故前後の収入の差額等は右損害を評価するうえでの事情に過ぎないものと解するのが相当である。そこで、これを本件についてみてみると、前記認定事実によれば、原告は前記後遺症により従前に比して量的質的に半分位の仕事しかできないから、五割程度の労働能力を喪失したものと認めることができる。しかしながら、原告の事故後の収入が右労働能力低下に対応していないことは前記認定のとおりであるところ、<証拠>を総合すると、原告の同僚のうち、曲谷勝二はほぼ原告と同時に訴外会社に入社し、原告より五才若く、五年遅れてサービス部次長になつたが、事故後四五年までの年平均昇給率が8.9%であること、五木健は原告より二年後に入社し、年令も曲谷よりさらに二才若いが、原告と同時に機械部次長を経て横浜東邦モータース取締役営業部長となつておりその事故後四五年までの年平均昇給率が10.1%であること、しかるに原告の同期間における年平均昇給率は6.4%にとどまつたことが認められるから、原告は本件事故に遭遇しなければ、控え目にみて、右曲谷の年間8.9%程度の昇給をえていたものと推認できる。<証拠判断・略>。そこで原告の昭和四〇年度の前記年収を基礎にして、右曲谷の昇給率によつて昭和四一年から同四六年八月末日までの得べかりし収入を算出すると、一一六五万二九三七円(昭和四一年一五六万六一七〇円、同四二年一八一万四五九円、同四三年一九七万五九四五円、同四四年二一五万一八〇四円、四五年二三四万三三一四円、同四六年八月末日までの分一七〇万一二四五円)となるから、原告の同期間中の現実の収入合計一〇七六万二七五一円との差額は八九万一八六円であつて、原告のその余の労働能力低下による損害は訴外会社によつて填補されたものとみるべきである。
そこで、さらに原告の昭和四六年九月以降の労働能力低下による損害について検討する。<証拠>を総合すれば、原告は前記のとおり後遺症のため対外的な仕事ができないので、これを部下の課長や古参社員に原告に代わつて行わせてきたが、充分な営業成績をあできないばかりでなく、通勤途上めまいで転倒することが度々起り、体力の限界を感じて、これ以上従前の勤務を続けて行くことは困難であると考えるに至り、訴外会社に昭和四六年八月末日限り退職したい旨申し出たところ、これを承認されることが認められ、右認定に反する証拠はない。そして、<証拠>によると、原告の前記後遺症は昭和四四年四月七日にほぼ症状固定の状態になつたことが認められ、また、経験則上この程度の神経症状は症状固定後ほぼ七年間を下らない期間継続するが、漸時症状が軽減して行くことが認められ、右認定と一部符合しない証人兼鑑定人藤本和男の後遺症存続期間についての供述は蓋然性の高い期間についてのみ逸失利益を認めるべき損害賠償の算定に際しては採用するに由ない。そこで、原告の前記の後遺症状およびその存続期間、前記の訴外会社における職種、勤務状況に原告の今後の就労事情が必ずしも確定していないことを併せ考えると、原告は昭和四六年九月以降四年七か月間(症状固定後七年間)にわたり平均して従前の収入の五〇%程度の労働能力低下による損害を蒙るものと推測するのが相当である。そして、原告の昭和四六年度の得べかりし収入が昭和四一年以来毎年8.9%宛の昇給を見込んで算出すると、二五五万一八六八円となることは計算上明らかであるから、原告が右労働能力低下による損害を、原告の遅延損害金の起算日である昭和四四年五月一七日の時点において一時に支払を受けるものとしてホフマン複式(月別)計算法により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、その現在価格は、別紙計算式のとおり、計算上四八五万〇五六九円となる。
よつて、原告の労働能力低下による財産的損害は合計五七四万〇七五五円である。
(三) 慰藉料 二一〇万円
原告の傷害の部位、程度、後遺症、治療期間および治療状況、訴外会社での勤務状況および退職に至つた経緯はすべて前記認定のとおりであるところ、右各事実に本件事故態様その他諸般の事情を総合勘案すると、原告の本件事故による精神的苦痛に対する慰藉料としては、二一〇万円が相当である。
(四) 損害の填補 五三万円
原告が本件事故による損害について自賠責保険金五三万円の支払いを受けたことは当事者間に争いがないから、右金額を原告の前記損害額から控除すべきである。
(五) 弁護士費用 七〇万円
<証拠>によると、原告は、被告が右の損害賠償債務の任意の弁済に応じないので、弁護士たる本件原告訴訟代理人にその取立てを委任し、昭和四三年一〇月二三日同弁護士に対し手数料として八万円支払つたほか、成功報酬として取得金額の一割にあたる金員を委任の目的を達したときに支払う旨を約したことが認められる。そして原告の弁護士費用を除く損害賠償額は合計七八五万二三〇五円であるから、右弁護士費用は計算上八六万五二三〇円となる。ところで、本件訴訟の難易度、請求認容額その他本件訴訟の経緯を総合勘案すると、右弁護士費用のうち、七〇万円を本件事故と相当因果関係に立つ損害として被告に負担させるのが相当である。
三結論
以上判示の理由により、被告は原告に対し、本件事故による損害賠償として八五五万二三〇五円およびうち弁護士費用未払分を除く七九三万二三〇五円に対する本件事故発生の日の後である昭和四四年五月一七日以降、弁護士費用未払分六二万円に対する本判決言渡の日の翌日である昭和四六年一〇月二九日以降、各支払済みに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いをなす義務があることが明らかである。
よつて、原告の請求は、右の限度において理由があるから認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(加藤和夫)
(別紙)
計算式
2551868÷12×0.5×(1+71.1548)
(1+83か月ホフマン係数か月ホフマン係数)−(1+25.5358)(1+27か月ホフマン係数)=4850569